定年退職

アイキャッチ定年退職
スポンサーリンク

60歳でリタイア

65歳まで残れるが60歳でリタイアした理由

私が勤めていた会社は36年前の入社当時、売上2500憶円の会社であったが、定年退職する時点で約1兆5000億円の会社に成長していた。

私は入社以来レーザープリンターの開発設計をやってきて、会社の発展と共に全力疾走してきた。会社の為に個人が犠牲を払うのは正義だと思っていた。
しかし、最近「働き方改革」とか言い出して残業規制で早く帰れるようになってきている。雰囲気は大きく変わってしまった。
私は会社があって次に個人があると思って働いてきたが、定年間近でやっと気がついた。
個人があって、その次に企業があるのである。ここ数年で社会はそのように改革されようとしている。
そのような環境が変化する中で定年を迎え、思ったことがある。
会社の中で全力で行ってきた結果やノウハウは全て会社のものになっていて、会社員である個人には少しの給料という形でしか還元されていないのだ。

会社にいる間は貢献度に応じて給料面で少し優遇される程度であり、会社が受ける莫大な利益からすれば微々たるものである。それなら会社員を辞めて事業を起こせば良い訳であるがそこまでの甲斐性がないから愚痴をいいながら定年までいたのだと思う。

そんな考えの中、60歳定年後シニアになって半分以下の給料に減額されてまで会社にしがみついているのはおかしいのではないかと考えたのである。

以上が60歳の定年でリタイアした理由である。

60歳であればまだ自分の可能性を試すことができる体力は残っていると思うのである。従って60歳からの人生は会社に利益を搾取されるような生活から脱却し、自分の好きなことをして価値を作り上げられるようなことに挑戦しても良いのではないかと思ったのである。

しかし、定年退職した現在具体的にやりたい構想がある訳ではない。ずっと会社に勤めていたわけだから、会社以外の世界のことは全く分からないことだらけである。

ただ、今の世の中は昔と違ってインターネットが発達していて個人でも想像以上のことができる可能性のある世界が広がっているのは間違いないと感じている。

しばらくは、自由な時間を満喫しつつ、何ができるか考えてみようと思っている。

慰労会

定年退職を迎えるにあたって、所属していた部署で慰労会を催していただいた。人生の一区切りという意味で感慨深いものがあった

その中でも感動したのが定年退職者の定番ともいえる花束をもらえたことであった。今まで電車の中で花束を持った年配のサラリーマンを見たとき、男が花束を持っているの見て変な目で見てしまっていた。しかし、自分がその立場になったのであるが「そんな恥ずかしさ」は全く感じなかったのである。

やはり、人生の一区切りにおいて立派な花束をもらえたのは素直に嬉しいものでる。しかし、このような素晴らしい花束をもらえるかどうかはその職場の人たちの考え方に左右されるのと思う。私はセンスある人たちの職場で良かったと思った。

この感動も60歳で会社を去っていくから味わえるものであって、定年退職の次の日からシニア社員として同じ職場に出勤していて感動があるのだろうか、疑問に感じてしまう。

まとめ

社員として作り上げた資産は会社のものであって、個人はある一定の給料がもらえるだけで、その後は個人に還元されることなく会社の利益になるだけである。従って、定年退職した後ぐらいは好きなことで自分のために挑戦するべきである。

コメント